経営者は「事業承継」について考えなければならない時が必ず来ます。特に高齢の経営者にとっては、早めに準備に取り掛かった方が良いと言えます。
今回の記事では、事業承継の方法や進めるための手順について解説します。また、活用できる公的支援も紹介しますので、是非参考にしてください。
国も問題視している企業の「事業承継」とは?
「事業承継」とは経営を後任に引き継ぐ、企業を存続させるための手続き
事業承継(じぎょうしょうけい)とは、経営を後任に引き継ぐことです。企業を存続させるためには、必要不可欠な手続きとなります。しかし、事業承継は後任を選んで終わりという簡単なものではありません。現経営者が長い年月をかけて築いてきた組織や経営ノウハウ、人脈等を、いかに後継者に適切に引き継いでいけるかが重要です。
また、経営者への依存度が高い中小企業においては、事業承継がうまく進まず倒産を余儀なくされるケースが増加しています。このような状況は、雇用の喪失や景気の低迷にも繋がるため、国も問題視しており、事業承継の公的支援が行われるようになりました。
中小企業の経営者の悩みについてさらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
>>中小企業経営者の4つの「悩みの種」と解決に向けてのヒント
引き継ぐ対象は主に3つ・「経営権」「知的財産」「資産」
後継者に引き継ぐ対象となる要素は、主に次の3つがあります。
1.経営権
「人」の承継を指しており、経営を任せられる後継者の選定や育成、後継者との対話や教育が必要です。
2.知的財産
経営理念や経営者と従業員の信頼関係、ノウハウや技術、取引先との人脈や顧客情報等「目には見えない」知的財産を確実に引き継ぐことが重要です。
3.資産
株式や設備・不動産等の事業用資産、運転資金や借入金、許認可等を引き継ぎます。なお、経営者の個人資産である自社株式を承継する際は、承継前に対策がされているかどうかで、相続税や贈与税等の負担額が大きく変わる場合もあります。資産の承継については、専門家へ相談することが大切です。
事業承継において取り得る方法は大きく3つある
1.親族内承継|子供や配偶者、親族への承継
親族内承継とは、子供や配偶者等の親族へ承継することです。この方法ならば、後継者の選定や教育が、ほかの方法よりも円滑に進むでしょう。早い段階で後継者が決まっていれば、計画的に引き継ぎの準備をすることが可能です。後継者が親族の場合は、取引先や従業員等の社内外の関係者に受け入れられやすいことも大きなメリットとなります。
しかし、子供の意思を尊重する風潮等から、親族内で後継者を確保できないケースが増加しています。また、たとえ確保できたとしても、経営者としての能力や資質が備わっているとは限りません。その場合は、経営が悪化してしまう恐れがあります。
2.親族外承継|従業員や外部の人材への承継
親族外承継とは、従業員や外部の人材へ承継することです。
中小企業では、社内から選定する方法が一般的です。社内で承継すると、既に経営におけるノウハウや、実務に必要な技術を習得している人材を選定できます。これまでの経営方針を踏襲する可能性が高く、従業員との信頼関係も築けていることから、理解も得やすいでしょう。ただし、自社株式を買収する資金力があるかどうかや、個人保証のリスク等が、親族外承継を困難にするデメリットと言えます。
また、外部の人材に承継すると、後継者の選択肢が拡がるので、優秀な経営者を選定できます。その反面、選択肢が広がった分、自社に適した後継者の見極めは難しくなるでしょう。
3.M&A|売却することによる会社の存続
M&Aとは、合併と買収を意味する言葉で、この方法による承継では、第3者に会社を売却することで会社の存続を図ることが可能です。親族や社内での事業承継が困難な中小企業等においては、会社を存続させるための新たな手段となっています。また、経営者が売却による利益を得られることが、最大のメリットです。
しかし、従業員の処遇や売却金額等の希望条件を満たす相手を探すためには、長い時間がかかることも珍しくありません。または、希望条件での売却が難しく、買い手側に有利な条件で売却してしまうこともあるでしょう。会社は存続できても、経営方針が大きく変わることも考えられます。
合併についてさらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
>>M&A手法のひとつ「合併」とは? 種類とメリットデメリットをおさえよう
【一覧表】3つの方法それぞれが持つメリットとデメリット
メリット | デメリット | |
---|---|---|
1.親族内承継 | ・後継者の選定や教育が円滑に進む ・社内外の関係者の理解を得やすい ・贈与や相続により資産を承継できる | ・親族内で後継者を確保できるとは限らない ・経営に必要な能力や資質があるとは限らない |
2.親族外承継 | ・経営や実務に必要なノウハウや技術を既に習得している ・経営方針が変わらない ・従業員の理解を得やすい ・後継者の選択肢が拡がる | ・株式を買収する資金力が必要 ・個人保証のリスクがある ・自社に適した後継者の見極めが難しい |
3.M&A | ・経営者が売却益を得られる ・会社の存続が可能になる ・後継者の選択肢が拡がる | ・希望条件を満たす売却先を見つけることが難しい ・経営方針が大きく変わる可能性がある |
3つの方法に共通|事業承継を進める手順を簡単におさえよう
ここでは、事業承継を進める上での基本的な手順について見ていきましょう。
step1.会社の経営状況を把握する
事業承継計画を策定するにあたり、会社の経営状況や財務状況、経営者の株式保有等における資産状況について確認しましょう。
step2.後継者候補をリストアップする
後継者は早い段階で選定することが望ましいです。経営者としての資質が備わっている人材をリストアップしましょう。
step3.事業承継の方法を決定する
前述した3つの承継方法の中で、自社に適した方法を選びましょう。
step4.事業承継計画を策定する
事業承継の具体的な進め方や、経営方針・目標等を策定しましょう。
step5.関係者へ説明する
事業承継の実施が決定したら、社内外の関係者(従業員や取引先)への説明を行いましょう。
step6.経営改善を行う
計画を踏まえて、より良い状態で事業承継ができるように経営改善を行いましょう。同時に後継者教育に取り組むことも大切です。
業務効率化や生産性向上についてさらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
>>業務効率化とは? 進め方やアイデア、おすすめツールについて解説
>>財務分析のひとつ|生産性分析とは? 生産性の定義と指標の概要・計算式
step7.事業承継を行う
計画が順調に進み、準備が十分であると判断できたら、事業承継を実際に行いましょう。引き継ぎのタイミングは焦らずに慎重に行うことが重要です。
事業承継に関して活用が可能な公的支援を紹介
1.進め方についての支援
「事業承継・引継ぎ支援センター」は、親族内・第3者にかかわらず、中小企業における事業承継のあらゆる相談に無料で対応してくれます。全国にわたるネットワークからマッチングを行い、引継ぎ候補先を紹介してもらうことも可能です。事業承継計画の策定支援も無料で行っているので、進め方がわからない場合は利用すると良いでしょう。
また、中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン(令和4年3月改定)」も確認しましょう。
2.金銭面についての支援
金銭面についての支援は、次の補助金制度や融資等を利用できます。
・事業承継・引継ぎ補助金
事業承継のタイミングで経営革新に挑戦する場合にかかる費用や、M&Aにおいて専門家活用にかかる費用、廃業して再チャレンジを行うためにかかる費用が、補助金の対象となります。対象者は中小企業や小規模事業者(個人事業主を含む)です。
対象事業(令和4年度) | 補助上限額 |
---|---|
経営革新事業 | 500万円以内(補助率:1/2) |
専門家活用事業 | 400万円以内(補助率:1/2) |
廃業・再チャレンジ事業 | 150万円以内(補助率:1/2) |
・事業承継における融資・保証制度
事業承継を円滑に行うために資金が必要な場合は、日本政策金融公庫または沖縄振興開発金融公庫から、低利融資を受けられます。また、金融機関から資金を借り入れる場合は、信用保証協会の通常の保証枠とは別枠が設けられています。
なお、会社の代表者個人が低利融資を受ける場合や、会社および個人事業主が別枠の信用保証を受ける場合は、経営承継円滑化法に基づく認定を得なければなりません。
3.税制優遇等
税制優遇等によって事業承継をサポートする制度には、次の2つがあります。
1.事業承継税制
事業承継の際の、自社株式の相続税・贈与税が猶予および免除される制度です。納税猶予を受けるためには、一定の要件を満たす必要があります。また、後継者が死亡した場合等、一定の条件を満たすと納税猶予額が免除されることもあります。
2.経営資源集約化税制
生産性向上等を目的に経営向上計画の認定を受けた中小企業が、M&Aを実施した場合に活用できる制度です。「設備投資減税」と「準備金の積立(積立金額の損金算入)」の2つの税制措置があり、M&Aを支援する制度となっています。
4.民法の特例
遺留分に関しては、民法の特例によるサポートがあります。
遺留分とは、相続人に保障されている最低限の遺産のことです。後継者に自社株式をすべて相続させようとすると、ほかの相続人の遺留分を侵害する可能性があります。ほかの相続人から遺留分侵害額請求されると、自社株式が分散してしまい、事業継続が困難になってしまう恐れがあるのです。
このような状況を防ぐ対策として、経営承継円滑化法において、相続人全員が合意する場合に限り、次の特例制度を活用できます。
- 除外合意・・・現経営者から後継者に贈与等された自社株式は、遺留分として算定する財産から除外する
- 固定合意・・・現経営者から後継者に贈与等された自社株式を、遺留分として算定する財産に加算する際は、価額を合意時の時価に固定する
5.後継者育成(中小企業大学校)
中小企業大学校では、後継者育成のための「経営後継者研修」が行われています。
経営者として必要な知識や経営意欲が得られる研修となっており、研修期間は10か月です。座学での経営スキルの習得や自社分析、ゼミナールでの議論を通して、経営者としてのマインドや能力を高め、自身の資質向上を図ります。将来の経営者同士の人脈作りにも効果的です。
事業承継を行った事例から学ぼう
ここでは、事業承継を行った3つの事例について紹介します。
事例1.取引先からの要望をきっかけに事業承継を果たす
経営者の高齢化による今後の取引への懸念もあり、取引先から事業承継を促す再三の要望を受けたことで社長交代を決意。商工会の支援を受けて、完成度の高い事業承継計画を策定、準備を進めていくことで、親族への事業承継を果たす。
事例2.従業員アンケートにより後継者を選定
親族内に後継となる適任者が見付からず、従業員に承継することを決断。全従業員のアンケートによって選定することで、会社の一体感も高まり、従業員からの信頼を得られる等のメリットも。後継者の資金力が必要となる株式の承継は、事業承継ファンドを活用した。
事例3.事業承継・引継ぎ支援センターを介したM&A
お店の看板商品と従業員を守りたい高齢の経営者に、事業承継・引継ぎ支援センターを介して「経営者になりたい」と同センターに相談していた会社員を紹介。引き継ぐ際の条件や経営状態を両者で確認の上、事業承継を果たす。
まとめ
今回の記事では、事業承継の取り得る方法について3つ紹介しました。それぞれのメリット・デメリットを踏まえて、自社の状況に適した方法を選ぶことが重要です。適切に引き継ぐためには、長期間かかる場合もあるので、早めに計画・準備を進めていきましょう。
また、事業承継を進める上では、公的支援を積極的に活用すると良いでしょう。