勘定科目にある法定福利費と福利厚生費。同じ「福利」に関する勘定科目ですが、この違いがわからず困っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
今回は、法定福利費に焦点を当て、法定福利費がどのようなものかや計算方法、福利厚生費との違いについて解説します。
法定福利費は、建設業の見積書に明示が義務付けられているものでもあります。この記事では、その周辺知識についても学んでいただくことが可能です。
是非、最後までお読みいただき業務にお役立てください。
法定福利費とは企業が負担することが義務である一部の福利厚生費
法定福利費とは、広義の社会保険料のうち企業が負担しなければならない金額を処理する費用科目です。この科目が対象とするのは、健康保険法・介護保険法・厚生年金保険法・労働基準法・労働者災害補償保険法・雇用保険法等の法律で定められている福利厚生の費用となります。
言い換えれば、法律により事業者が負担することが義務付けられている費用です。どの企業でも必ず支払わなければなりません。
一般管理業務に関連して生じた費用ですので、試算表では損益計算書の販売費及び一般管理費の区分に表示されます。
広義の社会保険料は、以下の通りです。
- 社会保険料
- 狭義の社会保険料
- 健康保険料
- 介護保険料
- 厚生年金保険料
- 児童手当拠出金
- 労働保険料
- 労働者災害補償保険料(労災保険料)
- 雇用保険料
- 狭義の社会保険料
上記の6つの内容について、内容を確認していきましょう。
法定福利費の種類6つの内容などを確認しよう
種類 | 負担割合 |
---|---|
健康保険料 | 労使折半 |
介護保険料 | 労使折半 |
厚生年金保険料 | 労使折半 |
子ども・子育て拠出金 | 企業が全額負担 |
労働者災害補償保険料(労災保険料) | 企業が全額負担 |
雇用保険料 | 労使がそれぞれ一定割合を負担 |
1.健康保険料
健康保険法に基づいた、健康保険の保険料のことを言います。保険料は、労使折半(企業が半分負担・労働者が半分負担)です。
健康保険は、病気や怪我等が原因で医療が必要なときに備えるための公的な医療保険制度になります。労働者(被保険者)や労働者の被扶養者が、病気・怪我・出産・死亡等によって思いがけない出費を余儀なくされたときに、医療や手当金の給付により生活の安定を図ることが目的です。
健康保険に限らず社会保険には、2つの種類があります。健康保険証の下部にある保険者名称を見れば、自分がどちらに属しているかを知ることが可能です。
- 協会けんぽ(主に中小企業):
全国健康保険協会が運営しています。協会が都道府県別に保険料率を設定するのが特徴です。 - 組合健保(大企業):
一定規模以上(従業員が常時700名以上)の事業所が厚生労働大臣の許可を受けて設立した独自の健康保険組合が運営しています。組合が保険料率を一定の範囲内で自由に決められるのが特徴です。多くの組合では、協会けんぽよりも安い保険料率が設定されています。
協会けんぽなら都道府県ごとに決められた保険料率を使用し、組合健保なら組合が定めた保険料率を使って健康保険料を算出します。計算式は、「標準報酬月額×健康保険料率」です
【補足】
標準報酬月額とは:
基本給や役付手当・通勤手当・残業手当等の手当を加算した1か月の総支給額が報酬月額です。それを保険料額表に当てはめ、該当する金額のことを標準報酬月額と呼びます。
標準報酬月額は、企業が提出した届書に基づいて日本年金機構(年金事務所)が決定するものです。決定のタイミングは、資格取得時の決定・定時決定・随時改定があります。
2.厚生年金保険料
厚生年金保険法等に基づいた、厚生年金保険の保険料のことを言います。保険料は、労使折半です。
厚生年金保険は、労働者(被保険者)が老齢(原則として65歳以上)になったり、病気・怪我により障害を負ったり、死亡によって遺族が困窮したりした場合に給付を実施することで、労働者や遺族の生活を救済することを目的とした公的年金制度になります。
厚生年金保険の適用を受ける企業(主に株式会社等の法人)に勤務するすべての人が加入の対象です。
健康保険と同じく、協会けんぽなら都道府県ごとに決められた保険料率を使用し、組合健保なら組合が定めた保険料率を使って健康保険料を算出します。「標準報酬月額×厚生年金保険料率」です。
3.介護保険料
介護保険法に基づいた、介護保険の保険料のことを言います。介護保険の対象者は、40歳以上の人です。年齢によって以下の2つに分類され、保険料と徴収方法が異なります。
- 65歳以上=第1号被保険者:
市区町村が前年の合計所得金額等に応じて保険料を決定。市区町村ごとに、保険料率は異なります。保険料の納付方法は、公的年金からの天引きによる特別徴収か普通徴収です。 - 40歳以上・65歳未満=第2号被保険者:
保険料は労使折半です。協会けんぽなら都道府県ごとに決められた保険料率を使用し、組合健保なら組合が定めた保険料率を使って健康保険料を算出します(標準報酬月額×介護保険料率)。なお、国民健康保険の場合は、市区町村が被保険者の所得に応じて保険料を決定。
4.子ども・子育て拠出金(旧:児童手当拠出金)
児童手当・子育て支援事業・仕事と子育ての両立支援事業等に充てられる税金です。かつては、児童手当拠出金と呼ばれていました。厚生年金保険の適用を受ける企業に負担が発生し、費用の全額を企業が支払います。
狭義の社会保険料と共に徴収されますが、この拠出金は社会保険料ではなく税金です。社会全体として子育てを支援する目的の税金であることから、労働者の子どもの有無・労働者が独身であるかどうかに関わらず徴収されます。
子ども・子育て拠出金の算出方法は、「標準報酬月額×拠出金率」です。
5.労災保険料
労働者災害補償保険法に基づいた、労働者災害補償保険の保険料のことを言います。労働者災害補償保険は、業務災害・通勤災害にあった労働者や遺族の保護を目的に給付を行う制度です。
保険料の算出方法は、雇用保険と併せて説明します。なお、費用は全額企業負担です。
6.雇用保険料
雇用保険法に基づいた、雇用保険の保険料のことを言います。
雇用保険制度は、労働者が失業した場合等に給付を行い、生活・雇用の安定を図ると共に再就職の援助を行うこと等が目的です。雇用に関する総合的な機能を持っています。失業時に労働者に支払われる失業給付金が代表的です。
給付の対象は労働者に限りません。従業員採用・失業予防等の措置を講じた場合に一定の要件を満たすことで、企業に各種助成金等が支給されます。
雇用保険料は労使折半ではなく、企業と従業員の双方がそれぞれ一定割合を負担するのが特徴です。
労災保険料と雇用保険料を総称して、労働保険料と呼びます。労働保険料の算出方法は、「賃金総額×労働保険料率(労災保険率+雇用保険率)」です。労災保険率は、事業の種類により異なります。
法定福利費は義務の有無という点で福利厚生費と違いがある
前述した通り、法定福利費とは法律で企業が負担を義務付けられている費用です。企業が任意で支出する福利厚生費とは区別しておきましょう。
また、法定福利費の対象となる支出が社会保険料等に限定されているのに対して、福利厚生費には対象となる支出に明確な基準がないという違いもあります。
法定福利費を計算する方法
それぞれの計算式をまとめると、以下の通りです。
種類 | 企業負担分の計算方法 |
---|---|
健康保険料 | 標準報酬月額(標準賞与額)×健康保険料率÷2 |
厚生年金保険料 | 標準報酬月額(標準賞与額)×厚生年金保険料率÷2 |
介護保険料 | 標準報酬月額(標準賞与額)×介護保険料率÷2 |
子ども・子育て拠出金 | 標準報酬月額(標準賞与額)×子ども・子育て拠出金率 |
雇用保険料 | 賃金総額×企業の雇用保険料率 |
労災保険料 | 賃金総額×労災保険料率 |
狭義の社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料)に乗じる料率については、協会けんぽの場合は企業の所在地が属する都道府県の現在の保険料額表を参照します。組合健保の場合は、組合の定める料率です。
なお協会けんぽの場合は、狭義の社会保険料の金額は上記の計算式を用いずとも保険料額表で確かめることができます。
子ども・子育て拠出金の料率は、日本年金機構のホームページで現在の料率を確認することが可能です。雇用保険料・労災保険率は、厚生労働省のホームページで現在の料率を確認します。
料率は度々改定がありますので、計算時には最新のものかどうか留意しましょう。
社会保険料をざっくり計算すると給与の約15%
企業が支払う社会保険料は、給料に対してどの程度の金額なのでしょうか。例を交えて考えてみます。
【例】令和4年8月現在・協会けんぽに所属・東京に所在地がある出版業の企業(一般の事業所)
種類 | 料率 | 企業の負担率 |
---|---|---|
健康保険料率 | 9.81% | 4.905% |
厚生年金保険料率 | 18.3% | 9.15% |
介護保険料率 | 1.64% | 0.82% |
子ども・子育て拠出金 | 0.0036% | 0.0036% |
雇用保険料率 | 0.0095% | 0.0065% |
労災保険料率 | 0.25% | 0.25% |
企業の負担率を累計すると、15.1351%です。実に、給与の約15%に相当する金額を社会保険料として企業が負担していることがわかります。
※建設業の場合は、労災保険料率が高いため、20%を超える場合が多くなります。
建設業における法定福利費|注意点は?
見積書には工事費と区別して法定福利費を内訳で明示する
建設業において、法定福利費の存在は非常に重要なものとなります。その理由は、見積書に法定福利費を明記する義務があるからです。
なぜ見積書に明示するのか? 建設業の社会保険・労働保険未加入問題とは
なぜ法定福利費を明記する義務があるかというと、社会保険と労働保険の未加入を防ぐためです。
先述した通り、社会保険料は給与の約15%程度(建設業の場合は20%以上)の金額となります。ですから、下請け企業を中心に、その費用を削って見積金額を安くするために各保険に未加入の企業が少なからず存在していました。
各保険に未加入のまま業務を続けていれば、労働者は公的な保障を受けることができません。特に建設業は怪我や障害を負う可能性が高い業務ですから、このような状況は問題です。また、きちんと労働者を守っている企業が価格面・費用面で不利になります。
ですから、公平で健全な競争環境の形成と就労環境の改善のために、見積書に法定福利費を明記することが義務付けられました。
見積書に明示する際の法定福利費の計算方法
見積書における法定福利費は、見積額に記載した労務費を賃金と見なし、その労務費の総額に各保険の保険料率を乗じる計算方法が一般的です。
•法定福利費=労務費総額×各保険料率(企業負担率) |
また、過去の施工実績に基づくデータ等を用いて、下記の計算式で工事ごとの法定福利費を算出する方法もあります。
•法定福利費=工事費×工事費当たりの平均的な法定福利費の割合 •法定福利費=工事数量×数量当たりの平均的な法定福利費 |
法定福利費を記載した見積書の例
内訳を明記する法定福利費の範囲は、健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料・子ども・子育て拠出金・雇用保険料のうち、現場労働者の企業負担分です。雇用保険料率は「建設の事業の料率」を用います。
留意しておきたいのが、介護保険料です。前述した通り、介護保険料の介護保険の対象
者は、基本的に 40 歳から 64 歳までの人となります。ですから、労務費総額に介護保険料率(企業負担分)を乗じた後で、さらに介護保険の加入率を乗じる必要があります。
•介護保険料=労務費総額×介護保険料率(企業負担率)×加入率 |
とは言え、工事ごとに対象労働者を把握することは困難です。ですから、協会けんぽでの対象者・対象外の者の状況(被保険者全体に占める 40歳~64 歳の割合)を使用するのが現実的な方法のひとつとなります。
法定福利費を仕訳するときの具体例
従業員の給与から天引きするときの仕訳例
労働者に本人負担分の社会保険料を差し引いた給与を支払った。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
給与 | 30万円 | 普通預金 | 25.5万円 |
預り金(本人負担分) | 4.5万円 |
※説明がしやすいよう、保険料額表とは異なる数値を用いています。
保険料を翌月末に納付するときの仕訳例
労働者から預かった社会保険料を企業負担分と併せて翌月末に納付した。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
法定福利費(企業負担分) | 4.5万円 | 普通預金 | 9万円 |
預り金(本人負担分) | 4.5万円 |
労働保険料(雇用保険料と労災保険料)は、健康保険等とは取り扱い方が異なります。
労働保険料は、毎年4月1日から翌年3月31日までの1年間(保険年度)を1単位として計算。賃金総額に、事業ごとに定められた保険料率を乗じて算定します。保険年度ごとに概算で保険料を納付してから、保険年度末に賃金総額が確定した後で精算します。
預り金を省略した仕訳例
預り金を使わない仕訳の方法もあります。その場合の給与支払時の仕訳は、以下の通りです。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
給与 | 30万円 | 普通預金 | 25.5万円 |
法定福利費(本人負担分) | 4.5万円 |
納付時の仕訳は以下の通りです。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
法定福利費(企業負担分+本人負担分) | 9万円 | 普通預金 | 9万円 |
どちらの仕訳でも、法定福利費として計上した金額の残高は4.5万円となります。結果的に同じ経理処理です。
法定福利費・福利厚生費|会計上の取り扱いの違い
企業が従業員・その家族の健康や生活を向上させるために実施する福利厚生は、大きく分けて法定福利と法定外福利に分かれます。
そのうち、法定福利に関する費用を処理するのが法定福利費です。そして法定外福利の費用を処理するのが、福利厚生費だと考えてよいでしょう。
法定福利費は、法律によって定められているもの。他方で、法定外福利は会社独自で決めることができます。
基本的に法定福利費は非課税です。しかし福利厚生費は、課税となる場合があります。常識外の高額費用や平等性に欠けるもの、換金性の高い物品での支給等は所得税や住民税の課税対象です。
法定福利費とその計算方法についてのまとめ
法定福利費は、法律により事業者の負担が義務付けられている費用です。どの企業にも負担が発生しますから、その内容と費用の計算方法について正しく理解しておくことが必要です。
また、社会保険料の料率は度々改定が行われますから、計算時には使用する料率が最新の数値であるかどうかを確認しておきましょう。