近年、終身雇用制度が当たり前ではなくなり、転職は珍しくなくなっています。また、非正規雇用労働者は増加を続けており、雇用をめぐる状況は変化してきました。このような中でも、企業としては優秀な労働者に長く働いてほしいのが本音でしょう。
この記事では、優秀な人材の確保に繋げることのできる「キャリアアップ助成金」について紹介します。2013年から始まったこの助成金は、年度ごとに制度の見直しが行われ、内容を変更しながら現在に至ります。
キャリアアップ助成金とは?わかりやすく解説
非正規雇用労働者の処遇改善等に取り組む企業に助成金が支給される制度
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用労働者の雇用形態の転換や賃金形態の変更、社会保険の適用等によって、現在働く企業での安定した雇用を実現し、キャリアアップを促進するものです。企業は処遇改善を目指す取り組みによって、助成金を受給することができます。
なお、非正規雇用労働者とは次のような場合に当てはまります。
- 労働時間が短いもの(パートタイマー等)
- 雇用期間の定めのあるもの(契約社員、臨時社員、嘱託社員、期間工等)
- 派遣労働者
支給される目的とその背景
非正規雇用労働者は年々増えており、正規雇用労働者との処遇の違いから、経済的な格差や不安定さがあります。キャリアアップ助成金は、これらの問題を解消することを目的としたものです。非正規雇用労働者が現状を脱し、安定して働くことができるようになれば、モチベーションが上昇し、生産性の向上に繋がるでしょう。一人あたりの生産性が高まれば、国全体の経済成長も期待できます。
キャリアップ助成金には従業員にも企業にもメリットがある
キャリアアップ助成金を受け取るには、処遇改善の取り組みの計画・実施が必要です。処遇が改善されることで、非正規雇用労働者は同じ企業で継続して働くことができ、キャリアアップやモチベーションアップに繋がります。賃金も増えるため、安定した生活を送ることができるようになるでしょう。
そして企業も、生産性の向上や優秀な人材の育成・確保が期待できます。従業員と企業の双方にメリットがあるため、改善の余地のある場合は積極的に活用したいところです。
キャリアアップ助成金の7つのコース|自社の方向性に合う助成金を活用しよう
キャリアアップ助成金には、取り組み別に以下の7つのコースが用意されています。
- 正社員化コース
- 障害者正社員化コース
- 賃金規定等改定コース
- 賃金規定等共通化コース
- 賞与・退職金制度導入コース
- 選択的適用拡大導入時処遇改善コース
- 短時間労働者労働時間延長コース
画一的な内容ではなく、企業の実情や方向性によって柔軟にコースを選択できるようになっています。間口の広さから、国による非正規雇用労働者の処遇改善への意欲が感じられる内容です。自社の方向性に最適なコースを選択しましょう。
この記事では、代表的な3つのコースについて紹介していきます。
キャリアアップ助成金の支給対象になる事業主の条件とは
受給要件は厚生労働省の案内をよく確認しよう
受給要件には以下のものがあります。
- 雇用保険の適用事業所である
- 上記の事業所ごとにキャリアアップ管理者を置いている
- 上記の事業所ごとにキャリアアップ計画を提出し、管轄の労働局長より認定を受けている
- 対象となる労働者の労働条件・勤務状況・賃金の支払状況等を明らかにする書類を揃えており、賃金の算出方法が明確である
- 取り組みがキャリアアップ計画期間内である
受給要件を満たしていない場合は、計画を実行しても助成金を受給することができません。厚生労働省の「キャリアアップ助成金のご案内」をよく読んだ上で計画・申請を行いましょう。
労働法違反や不正受給等がないかもチェックされる
厚生労働省や労働局の管轄の助成金であるため、以下に当てはまる場合は受給することができません。
- 前年度以前の労働保険料を納入していない
- 申請の前日より過去1年以内に労働関係法令を違反している
また、助成金の不正受給についても厳しい姿勢を取っており、以下の場合は不支給となります。
- 申請日の5年以内に不正受給を行っている
- 過去に不正受給が理由で助成金等が不支給となった際に、事業主名等の公表に同意していない
キャリアアップ助成金について不正受給が発覚した場合は、全額を返金しなければなりません。さらに、返還額に対して年3%の延滞金と20%の違約金といった厳しい措置が取られるため、不正受給はしないようにしましょう。
キャリアアップ助成金の支給金額はコースや会社規模で異なる
まずは中小企業事業主の範囲をチェック
(参照:厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内)
助成金の対象企業は、中小企業と大企業とに大別されます。中小企業は助成金の額が比較的高額となったり、中小企業のみに適用される加算措置もあったりと優遇されています。業種によって分類が異なるため、自社が大企業と中小企業のどちらに属するかを上の表で確認しましょう。
正社員化コースの支給金額
(参照:厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内)
非正規雇用労働者を正規雇用した場合に受給できます。対象が有期雇用者か無期雇用者かによって金額が大きく異なるのが特徴です。企業にとっては高いハードルとなりますが、助成金は高額となり、労働者にとっては処遇が大幅に改善されるため、双方にメリットの大きいコースです。また、対象となる労働者の状況等により、加算措置のパターンが複数ある点も特徴的です。
賃金規定等改定コースの支給金額
(参照:厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内)
対象となる労働者に適用される賃金規定を改訂し、実際に昇給を行った場合に受給できます。中小企業は加算措置において優遇されており、賃金の増額割合が大きいほど受給金額も高額になります。
賞与・退職金制度導入コースの支給金額
(参照:厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内)
令和4年度より開始されたコースで、対象となる労働者に適用される賞与・退職金制度を新設し、実際に支給や積み立てを行った場合に支給されます。このコースは対象労働者ごとではなく、事業所ごとに支給額が計算されます。
キャリアアップ助成金はいつもらえるのか?申請から支給までの流れ
キャリアアップ助成金を受給するには、キャリアアップ計画を作成して提出し、実際に規定や雇用形態を変更した上で対象者に賃金を支払う必要があります。キャリアアップ計画は3年以上5年未満の期間とする必要があり、対象となる労働者の意見が反映されるよう、各事業所のすべての代表者等と協議しなければなりません。
また、申請は6か月分の賃金の支給後となるため、計画の提出後ただちに受給できるわけではありません。長期的なビジョンを見据えて、余裕を持って計画を作成しましょう。
正社員コースの場合の流れ
受給までの流れを、正社員コースの場合を例に紹介します。この場合は、対象となる労働者を正社員に転換する規定を定め、実際に雇用転換を行った上で、転換日から6か月間の勤務に対する賃金を支給する必要があります。詳しく見ていきましょう。
ステップ①キャリアアップ計画を作成し提出する
まずは雇用保険適用事業所ごとにキャリアアップ管理者を定める必要があります。キャリアアップ管理者とは、以下のように定義されています。
有期雇用労働者等のキャリアアップに取り組む者として必要な知識および経験を有していると認められる者をいいます。
(引用:厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内)
そして対象となる労働者の意見を反映するため、事業所の代表者や労働組合等の意見を聴いて「キャリアアップ計画」を作成します。実際に雇用形態を転換する前日までに提出しておきましょう。
以下のURLを参考に、管轄の労働局へ提出しましょう。
(厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内 都道府県労働局一覧)
ステップ②就業規則等を改定する
就業規則や労働協約等を改定し、対象となる労働者の正社員への転換制度を規定します。改定後の就業規則は労働基準監督署に提出しなければなりません。10人未満の事業所は代表社員の記名等がされた申立書でも提出可能です。
なお、キャリアアップ計画の提出前に、既に雇用転換の制度を規定していた場合も対象となります。
ステップ③就労規則等に基づいて正社員へ転換する
改定した就業規則等に基づき、対象となる労働者を実際に正社員に転換します。そして転換後の雇用契約書や労働条件通知書を対象者に交付しましょう。
ステップ④正社員へ転換し6か月分の賃金を支払ったのち支給申請する
対象となる労働者を正社員へ転換したのち、勤務した6か月分の賃金を支給すると、キャリアアップ助成金の支給申請が可能です。支給した翌日を含めた2か月以内に申請する必要があります。なお、転換後6か月分の賃金は、転換前6か月分より3%以上増額されていなければなりません。
提出先は、キャリアアップ計画と同様に管轄の労働局となります。以下のURLをご参照ください。
厚生労働省 キャリアアップ助成金のご案内 都道府県労働局一覧
正社員化コース以外の場合の流れ
コースによって具体的な規定内容や実施事項は異なりますが、基本的な流れは以下のようになります。
- キャリアアップ計画の作成・提出
- 必要に応じた制度や内容を規定
- 規定に基づいた内容の実施
- 実施後6か月分の賃金の支給
- キャリアアップ助成金の支給申請
以上は大まかな流れのため、細かい実施事項や留意点はコースによって異なります。「キャリアアップ助成金のご案内」に目を通し、選択コースに合った取り組みを行いましょう。
審査は厳しい?スムーズに受給するためのポイント3つ
ポイント①計画と実際に行う訓練に整合性を持たせる
コースによっては、研修としての訓練の実施・規定が加算措置の対象となることがあります。この訓練は、キャリアアップ計画に沿っていると客観的に判断できるものでなくてはなりません。反対に、計画で謳っている効果を裏付けるような訓練や取り組みがない場合も、支給決定は難しいでしょう。計画と取り組みに整合性を持たせ、根拠のある計画を立てることが大切です。
ポイント②必要な手続き等のスケジュールを確実に管理する
キャリアアップ助成金は、計画の策定や実施等の支給申請以前の取り組みが重要視され、それゆえに長い時間がかかります。着手から申請・受給まで1年近くかかるため、スケジュールを管理して、漏れがないように進める必要があります。まずはどのようなタスクが必要かを把握し、それぞれにかかる時間や期限を考慮して、余裕を持ったスケジュールを立てましょう。そして可視化し、関連部署と共有しておくとスムーズです。
ポイント③留意事項もチェックし実地調査等に協力する
キャリアアップ助成金は国の取り組みであるため、国の会計監査の対象として協力を依頼される場合があります。また、支給決定の判断材料として実地調査を行う場合もあります。
特に後者に関しては、協力できない場合は不支給となります。また、実地調査で趣旨・目的にそぐわないと判断された場合も、受給することができません。
このほかにも注意すべき点があるため、「キャリアアップ助成金のご案内」の「留意事項」「不正受給防止のための留意事項」は特に読み込んで、取り組みを進めましょう。
まとめ
キャリアアップ助成金は、受給までの長期的な取り組みが不可欠です。しかしこの記事で紹介したもの以外にもコースの選択肢があり、自社に合った取り組みを柔軟に行うことができます。企業の将来のビジョンまで見据えて、長期的な視点で活用することで、企業と労働者の双方にとって長期的なメリットをもたらすでしょう。
助成金を利用してキャッシュを増やすと同時に、出ていくキャッシュを減らす取り組みを行うことでより高い効果を得ることができます。以下の記事も参考にしていただき、効率の良い経営にお役立てください。