コロナ禍や急激な円安、さらには激変する世界情勢等、企業を取り巻く環境は日々変化し、不透明感を増しています。そのなかで、様々な環境変化に耐え、企業が市場で確固たるポジションを確立するためのキーワードにもなっているのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。デジタル技術を活用して変化に対応するDXをいかに自社で推進し、成長戦略へと結びつけていけるか。その成否が企業の命運を握るカギと言っても過言ではないでしょう。企業の価値や競争力向上を実現するためのDX導入の要諦、そして経営者が持つべきマインドについて、経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏にうかがいました。
DXがうまくいっている会社は「社長が自慢する」
業務を進める上での様々なムダを減らすには、IT化やDXの導入が不可欠といえますが、もちろん、うまく進めている中小企業も多々あります。私はそれらの企業を見ていくなかで、共通する点があることに気付きました。
というのが、そうした企業の多くは、経営者が自らそれを「自慢している」ということ。つまり、社長自身が導入の必要性に気付き、自分から率先してIT化を進めていったという例が多いのです。
一方で、従業員がムダに気付き、その改善のために新しいツールを導入したいと思っても、社長がウンと言わない会社も多々あります。経営者は頑固なところがあって、自分で気が付けば改善するものの、周りから言われたときにはなかなか腰を上げません。だからこそ、中小企業でDXの導入を実現するには、まずは経営者がその必要性に気付き、自ら率先して進めることが大切と言えるのです。
その意味でも、経営者の皆さんにはぜひ、ITというものに気軽な気持ちで興味をもってほしいと思います。本来、経営者は好奇心が強い人が多いはずで、中には機械いじりや車いじり、何かのものづくりが好きな社長さんも少なくないでしょう。ITだって難しく考えずに、まずはさわってみることが大切です。
実は興味をもっていくと相当に面白く、本当に深い世界ですから、はまるときっと止められないはず。入り口としては、まずはITに気軽に興味をもつというのはすごく重要だと思います。
まずはITツールに対して気軽に興味を持とう
もちろん、大きなイノベーションを目指して大企業が進めるようなDXは、中小企業が行うのは容易ではありません。けれども、例えば、10万円程度の投資で導入が可能なDXも世の中には数多く存在しています。ドローンにしても家電量販店に出向いてみれば、操縦しやすさに比重を置いたものや、カメラの画質や機能にこだわったもの等、様々な機種が幅広い価格で並んでいるのです。
それを見た経営者が、「自分の会社の敷地で飛ばせば何が見えるのだろう?」等、純粋な好奇心から新たな気付きを得て、DXのきっかけとなっていくことも少なくありません。ちょっとしたきっかけから新たなツールに興味が湧き、「今度、DXソリューションの展示会に出かけてみようか」といったモチベーションが生まれることもあるわけです。
そして技術の中身や仕組みに少しずつ触れていくことで、どのようにツールを組み合わせれば自社の生産性を上げることができるのかが、少しずつ分かるようになります。この「分かるようになる」という感覚がすごく大切で、経営者がそのきっかけを得ることが、企業にとってのDXの入り口になると私は思います。
現在のITが優れているのは、いざ導入すると驚くほど簡単に、課題だった事柄が一気に解決できるツールが登場している点です。従来のITは導入する際に、下手をすれば数千万の社内稟議を通さなければならないケースも多くありました。そのためIT導入を提案する際には細かなエビデンスの提示が求められる等、稟議を上げるハードルが極めて高かったのです。
それが現在のDX革命によって、安価でありながらも、企業の業務効率と生産性の向上に直結するITツールが豊富に出てきたわけです。これが2020年代の大きな変化であり、その事実をぜひ多くの中小企業の経営者に認識してもらい、様々なツールに触れてみてほしいと願っています。
「脱炭素」は企業のDX推進と密接にリンクする
これからの時代、経営者が新たに取り組むべきDXとは何か? それを考える上で、少し視点の異なる話をしたいと思います。DXと絡めて、これからの社会および企業において大きなキーワードになるもの――それは、「脱炭素」であると私は思います。
ご存知のように2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。つまり、企業にとっても脱炭素への取り組みが、避けて通れない命題の一つと位置づけられるようになったわけです。
カーボンニュートラルは、実は企業のIT化と密接に関係するものでもあります。オフィスや工場において電気代をどう減らしていくかを考えるとき、例えば、電球をLEDに変えることや、冷暖房や空調がより低コストになるようITによる改善を図る等、電気代の低減、つまり脱炭素への貢献とデジタル関連の設備投資は大いにリンクするものです。
またペーパーレスの推進も同様で、紙の原料を得るための森林伐採が続けば、CO2の量が増えて脱炭素は遠のきます。このように、社内の働きやすさや業務効率を求めていくためのアクションが、結果的に多くの要素で脱炭素の活動につながるということなのです。
脱炭素への取り組みや働き方改革等、企業がチャレンジすべきことは多く、結果としてDXの導入へとつながっていく。そうした要素を積極的に見つけながら企業活動に採り入れていくことが、これからの経営者が目指すべき姿であるという気がしています。
これからの経営者が持つべきものは「野心」
アフターコロナを見据えた2020年代、自社の価値や利益をいっそう上げていくために、経営者がすべきことは何か。一つは、ビジネスプロセスの中でムダと考える部分を把握し、ITを活用する中でそれを減らしていくことだとお話ししてきました。その上で、自社の存在価値に立ち戻り、そこに徹底的にフォーカスすることが重要です。
さらに、これからの経営者が持つべきものとして本当に大切なのは、私は「野心」だと思います。日本人はかつてのバブル崩壊以降、ほぼ30年にわたり、ずっと経済的に苦しい時期を経験してきました。そのため経営者の思考は悲観的になり、今後も同じような苦しい時代が続くと思いがちかもしれません。けれども、そうしたマインドこそが一番の敵であり、それを打ち消すためにも、日本の経営者はもっと野心をもつべきだと思うのです。
本来の日本は実に素晴らしい国で、素晴らしい人たちがいて、素晴らしい素材や四季に恵まれています。にもかかわらず、今や世界から遅れをとり、低成長にあえぐ国になってしまった。その原因が、経営者の野心の無さです。
現状でもまずまず良い暮らしはできているし、ある程度の尊敬もされている…。そうした現状に甘んじることが、日本経済の停滞につながっていると私は思います。
「自分はここまでいきたい」という夢を持つこと
自分がまだ経営者として、あと20年は頑張ると考えたとき。けれども20年でできることって、本当に限られているのです。あと20年で自分はどこまで行くつもりか、そのゴールを設定したときに、本当なら時間の無さを実感し、安心していられないはずなのです。
だから今の経営者の皆さんには、より良い未来をつくるために、「自分はここまでいきたい」という夢を持ってほしい。つまりはそれが、野心をもつということなのです。
日本経済がこの30年間ほとんど伸びていないなかで、世界の国々は高い成長率で飛躍や発展をしています。アメリカだって、1人あたりGDPは日本の2倍の伸びを見せているのです。われわれ日本人だって、経営者一人ひとりにもっと貪欲な野心があれば、まだまだ輝きを取り戻せるはずです。
今よりももっとすごい生活や世の中を作るために、ひとりひとりが「やれる」と信じること。それが、これからの日本を変えていく活力の源泉になるのではないかと思います。
■ 鈴木貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家・経営戦略コンサルタント・百年コンサルティング株式会社代表取締役
1986年に東京大学工学部物理工学科を卒業。世界最高の経営コンサルティングファームであるボストン・コンサルティング・グループに入社し、数々の大企業の戦略立案プロジェクトに従事。1999年のネットバブルの際にネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の創業に取締役として参加。 2003年に独立し百年コンサルティングを創業。2013年、大手企業の経営コンサルティング経験をもとに日本経済新聞出版社から出版した『戦略思考トレーニングシリーズ』が累計20万部を超えるベストセラーに。2015年からは経済評論家の仕事に力点を移して活躍中。専門は未来予測と大企業の競争戦略。