【慶應義塾大学大学院教授 岸博幸氏 インタビュー】日本経済再生における中小企業の役割 ~経営者は何を考えるべきか~ #2 生産性の向上と密接にリンクする「イノベーションの創出」

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公益財団法人日本生産性本部が発表した「労働生産性の国際比較 2021」によると、2020年の日本の1人当たり労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)の加盟38カ国中、28位という順位でした。前年から実質ベースで3.9%も落ち込み、1970年以降最も低い順位で、主要先進国で最下位とも言われる厳しい現実に直面しています。かつて世界のものづくりを牽引し、経済大国の名をほしいままにした日本企業の労働生産性は、なぜこれほどまでに落ち込んでしまったのか。その課題と改善への道筋について、元経済産業省官僚で慶應義塾大学大学院教授の岸博幸氏にうかがいました。

労働生産性とは「アウトプット/インプット」

企業およびオフィスワーカーが労働生産性を上げるために、改善していくべきポイントはなにか。それを考えたとき、実は非常にシンプルな話なのです。
労働生産性とは、「インプット分のアウトプット(アウトプット/インプット)」です。企業が成果を出すには、生産活動のなかで原材料や人件費等、様々なインプットを行い、アウトプットを生み出していく。つまりは売上を作っていきます。それがアウトプット/インプットであり、その値が生産性となります。ですから、生産性を上げようとすれば、分母のインプットを小さくするか、分子のアウトプットを大きくするしかないわけです。

分母を減らすには、デジタル化を進めることが企業として必要であり、分子を大きくするには事業の中でイノベーションを創り出すことが重要です。
つまり、デジタル化で浮いたリソースを、イノベーションを生み出すほうに活用してアウトプットを増やしていけば、企業の生産性は間違いなく上がります。とてもシンプルで簡単な話なんです。

「働き方改革」を勘違いするな

こうしたシンプルな話にも関わらず、どうしてうまくいかないのか。それは、経営者が思い切った意思決定をしないからです。デジタル化やDXにしても、本気で取り組んでいる企業はまだまだほんの一握りでしょう。

また、これは政府の問題ですが、「働き方改革」で月の残業時間の上限を決める等、生産活動の効率化を阻むような施策を進めているのも要因のひとつです。
というのも、休み時間や休日の数が増えたからといって、従業員の生産性が上がることはまずありません。必要なのは、従業員が新しいスキルや知識を吸収し、それを企業活動に反映して効率化を進めること。それなのに、「もっと労働時間を削りなさい」という間違った働き方改革のなかで、労働者も権利ばかりを主張するようになり、新しい知識をつけるような努力をしていかない甘えの環境が生まれていると感じます。
逆に言えば、経営者と従業員がほんの少し意識を変えるだけで、まったく違った成果が得られるのに…と思いますね。

政策頼みでなく、企業がガバナンスを強化せよ

政府の施策という観点でもう少し話をすると、私は政策で余計な関与をすると、企業活動はあまり良い方向には向かないのでは…と思っています。
これから終身雇用制はさらに崩れ、労働市場はどんどん流動化していきます。働く側の転職は当たり前で、個々の労働者が自分は何をやりたいのかを考えて、必要なスキルや知識を身に付けていく必要があるわけです。

その点、たとえば政府や自治体が提供する職業訓練にしても初歩的なものばかりで、専門的なものは少ない等、不十分です。政府や自治体がどうこうではなく、結局企業のガバナンスを強化するしかなく、従業員の質を上げて業績を出せない経営者は責任を取らせることを徹底するしかないでしょう。
ところが残念ながら、日本の企業は正直言って、ガバナンスがまだまだ緩いと言わざるを得ないのです。

多くの経営者が「昭和」の延長に終始している

ガバナンスの強化とは言うまでもなく、企業価値の向上やエンゲージメントを高める等の目的で、会社運営の様々な改善を図っていくことを意味します。
ところが中小企業の社長の場合、自分でつくった会社という点に固執しがちで、変えるべきところをなかなか変えようとしません。この30年で、グローバル化も含めて社会環境がこれだけ変化しているにもかかわらず、昔と同じやり方で凝り固まっている中小企業がすごく多い。世の中の変化を踏まえ、それに合ったビジネスモデルを創っていくことが最優先なのに、それができない経営者が非常に多いわけです。

大企業ではサラリーマン化した経営者が思い切った決断ができないのに加え、中堅・中小企業では創業社長が自分のオリジナルにこだわってしまい、必要な変化を与えられていない…という気がします。
つまり、時代に合わせた変化や改善を、経営者が社内に採り入れられていない。ですから、わが国の最大の問題点を端的に言えば、いまだに政治も民間も「昭和」を続けているということです。この30年、グローバル化とデジタル化で世の中が一変し、コロナ禍を経てさらに激変しているにも関わらず、多くの経営者がいまだに昭和の延長をやってしまっているわけです。

旧来型の固定観念から脱却しなければ先はない

逆に言えば、グローバル化とデジタル化が始まった90年代から、それらを大胆に取り入れてイノベーションを繰り返してきた企業が伸びています。
言うまでもなくアップルやマイクロソフトがそうですし、近年の中国企業の発展ぶりも同様でしょう。にも関わらず、日本の会社は残念ながら大きな遅れをとってしまった。グローバル化といっても、海外に現地工場を作るくらいの発想しかなかったわけです。

評論家の中には、未だに日本はものづくり大国で、加工貿易の国だと唱える人がいますが、それは過ぎ去った昭和の話です。経済が成熟して人口減少と高齢化が進み、さらにグローバル化とデジタル化がこれだけ進んだ世界で、先進国が従来の「ものづくり」だけで成長していけるはずがありません。
それなのに、一部の経営者は別にしても、そうした「昭和の考え方」のままの人が未だに多いということなのです。

では、そうした状況を企業はどのように変えていけばいいのか。つまり、世の中の変化に応じて企業のビジネスモデルを進化させなくてはいけないわけで、そのためには、まさに昭和の固定観念から脱却しなければなりません。
それには、経営者が変化を恐れないことが重要です。やればできるはずなのに、リスクが怖くてできない、自信がないからやれない。また情報が足りないから、やれることに気付いていない。そうした中小企業が、特に地方には山ほどあるのです。

自分のやり方にこだわってしまって、新しいことに踏み出せない。でも、実はリソースはあるのだから、一歩先に踏み出してみれば必ず何かが変わります。
それでも今の経営者がどうしても踏み出せないのなら――。そのときは、事業承継を進めて若い経営者にうまくつないでいくことを考えるべきです。

世の中の変化に応じた新しいビジネスモデルの成功例を積み重ねる

今や大企業の経営者だけでなく、政治家だって日本の場合はほとんどが70歳を超えたような年代です。だから世代交代が急務だし、それが政治家や企業で進んでいかなければ、日本は何も変わらないと真剣に思っています。

いわゆるサラリーマン社長は、あと数年すれば自分はいなくなるから大丈夫だと平気で口にします。そんな経営者には、若い人がもっとケンカを売っていったほうがいいし、世代交代を果たして企業が成長していくリアルな例を築いていくことが大切でしょう。
昭和の経営者に代わり、若い経営者が世の中の変化を取り入れた新しいビジネスモデルで成功する例を増やしていくことが、日本の経済を次のフェーズに押し上げていく一番の原動力になると私は思います。

その意味でも私は、大学の教え子には「どんどん起業しなさい」と言っているんですよ。
これだけ緩い社会だから、今の若者が起業とスタートアップに力を注げば必ず勝てます。若い世代がドメスティックなマインドを捨てて、グローバルで勝負する感覚とデジタル化、イノベーションを進めて世の中を変えていくことが、これからの日本に不可欠な成長要素になると思いますね。

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■ 岸博幸(きし・ひろゆき)
慶應義塾大学大学院教授/ エイベックス株式会社顧問
1962年9月1日生まれ。東京都出身。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。通産省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課等を経て、2001年、第1次小泉純一郎内閣の経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏の大臣補佐官に就任。その後、江田憲司衆院議員や元財務官僚の高橋洋一氏らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。以降、「脱藩官僚」として、テレビや雑誌等各メディアで幅広く活躍中。

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oneplus編集部

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