【一橋ビジネススクール教授 楠木建氏 インタビュー】 企業競争力におけるDXの重要性〜DXを機に日本の経営者は変われるのか〜 #2 自由意志を放棄した「代表取締役担当者」になるな

いまやDX(デジタルトランスフォーメーション)を自社の喫緊の課題と考える経営者は非常に多いと言えます。DXによる変革が競争力の源泉を得ることに繋がり、昨今の厳しい経済社会を勝ち抜くことに直結するからです。ただ一方で、旧態依然とした感性のまま、今のデジタル化の波に乗り遅れている経営者が少なくないのもまた事実です。DXによるイノベーションの必要性が叫ばれる今、日本の経営者の思考や感性も同様に、新たなフェーズへと刷新していくことができるのでしょうか。競争戦略とイノベーションを専門分野に、長く企業の成長戦略を研究してきた楠木建氏に、企業競争力におけるDXの重要性等を聞きました。

DXの戦略には経営者の「欲」が重要

では、DXを推進するために、中小企業の経営者はどのように関わっていくべきなのでしょうか?
例えば、企業の経営者の定義には、様々な解釈があると思います。私はごくシンプルに、経営者とは「担当者でない人」であり、「ビジネスや商売に丸ごと責任をもつ人」と考えています。「自分はこの会社でこんなふうに稼いでいこうと思っているのだけど、それについてきてほしい」と社員を牽引し、そのための戦略を構築する責任者です。

逆にDXを推進する「担当者」は、ITに対してそれなりの知識があり、どんな技術やシステムを使うかの選択を行う人で、当然DXに欠かせない存在です。
ただ、その人はあくまでもDXを推進する「担当」に過ぎず、経営における欲がありません。DXの目的である、「稼ぎ方を変える」ことへの欲がないわけです。

DXの原則の一つは「いかに儲けるか」の戦略と言いましたが、担当者にはその欲がありませんから、DXを任せてしまうと、的外れなものになってしまうことがよくあります。
DXを進める上では経営者自身が戦略を立てることが重要ですし、経営者しかできない役割です。手段の構築は任せても、戦略の立案は経営者が行うべきなのです。経営者がもっているはずの本能的な欲を全開にして、担当者を使う。このことが、DXを推進する上で非常に重要な要件になると思います。

またDXは、実は中小企業のほうが進めやすい面があることも知っておいてほしいと思います。従業員が何万人もいる大企業だと、経営者である自分の自由意思を反映しにくいケースがありますが、中小企業であればその範囲を広く持てます。自社の儲けをダイレクトに考えていきやすい点は、中小企業の大きなメリットなのです。

ユニクロが実践した「ライフウェア」を軸にしたDX戦略

競争相手との違いを作るという、優れた戦略で成功している企業は数多くありますが、その1つが世界第3位のアパレル企業になったユニクロでしょう。
同社は日本を代表する大企業の一つですが、誤解を恐れず言えば、企業としての戦略的意思決定の仕組みは中小企業的。つまりは代表である柳井正氏のトップダウンでこれまで成長してきた会社です。
そんな同社がグローバル競争を勝ち抜くためにとった戦略が、洋服をファッションではなく、「ライフウェア」と位置づけることでした。

そしてこの15年の間にデジタルの代替であるDSを進め、現在は完全にDXのフェーズにあります。店舗をデジタルで代替するeコマースの段階を経て、実店舗とeコマースの様々な連動で顧客を引き寄せ、売上を増やすDX戦略を進めています。
デジタルツールを使って顧客のリアルな声を集め、それを使って商品を創り、より売れるものにしていく。生活インフラとしてのライフウェアというコンセプトに沿って、eコマースと実店舗の連動によって、様々なトランスフォーメーションを生み出しているわけです。
デジタルを基点に、リアル店舗のアナログ要素を融合させて顧客のエンゲージメントを高める戦略で、稼ぎ方の変革を実現しています。

どれだけ優れたツールが現れても、それだけでDXは完成しない

ユニクロの場合、ライフウェアというコンセプトは変わりませんし、それを軸にしながら、DXによって様々な変革を起こしていきます。
同社にかぎらず、仮に車という商品であれば、まずは車のコンセプトを決め、ターゲットや訴求要素等を決定していき、それが車全体の設計に反映されていきます。その1要素として、例えば導入する変速機の種類も決めていくわけです。

いくら素晴らしい変速機が現れたとしても、ふつうは変速機ありきの車は作りません。DXもそれと同じで、どれだけ優れたツールが現れても、それだけでDXが完成するものではないのです。
まずはツールを活用してDSを行い、得られたリソースを次なる段階としてのDXへと振り向けていく。DXという強烈な流行り言葉に安易に踊らされることなく、地に足を着けて、商品の売り方や稼ぎ方を変える戦略を経営者自身が考えていくことを大事にしてほしいと思います。

経営者としての「欲」を全面に出してDXを進める

最後に、中小企業の経営者の皆さんへのメッセージとして、お伝えしたいことがあります。
是非、ビジネスで遠慮なく儲けてください。経営者としての「欲」を全面に出して、儲ける・稼ぐということに貪欲になってほしい。これって本来経営者が持つべき最もシンプルな、かつ最も重要なモチベーションなんですよ。
最近はそうした欲がなく、企業の存続自体が目的になり、儲けていこうという発想が弱くなっている経営者を多く目にします。

彼らはよく、「業界で生き残るために、DSをやらざるを得ない」という言い方をします。それを聞くと、「生き残って何をしたいんですか?」「やらざるを得ないというけれど、誰も頼んでなんかいませんよ」と言ってあげたくなります。
経営は自由意志であり、自由意志の向かう先は収益です。これはビジネスの原理原則で、14世紀から変わらない普遍の法則。それを目指すなら、「やらざるを得ない」等という発想は起きないはずです。迷うことなく、「やるのが当たり前」という思考であるべきで、経営者としての自由意思を放棄した、「代表取締役担当者」になってはダメなのです。

DXは「経営者の資格」を自問自答する良い機会になる

改めて、是非とも経営者にしかできない仕事をやってほしい。そして経営者の欲を、いかんなく発揮してください。
もしもそこに違和感があるならば、早めに別の人に代わることを考えたほうがいいでしょう。企業の一番の社会貢献は納税であり、そのためには利益を出さなければいけないし、儲けなければなりません。それを、モチベーションを第一にできる人が経営者として、自社のDXを牽引するべきなのです。
その意味ではDXは、自分が「果たして経営者なのか?」を自問自答する良い機会になるのかも知れません。企業の存続こそが目的になってしまい、DSやDXに後ろ向きなのは、自分で自分の首を絞めているだけ。そのことを、是非胸に刻んでほしいと思います。

■ 楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京都目黒区生まれ。専攻は競争戦略で、企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』等、著者多数。

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oneplus編集部

この記事の執筆者

  • 【統計学者 西内啓氏 インタビュー】DX推進における意思決定のヒント〜統計学から学ぶ「事実分析」と「経営判断」〜 #1 課題を明確化し、ゴールに直結するデータを活用する

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