資本コストを意識した経営が注目されています。
企業活動を続けるには、資金調達が欠かせません。
しかし、資金を調達するにもコストがかかります。
資本コストをできるだけ抑えた経営を行うためには、資本コストについて正確に理解することが求められます。
この記事では、資本コストとは何かを詳しく紹介し、計算方法やコストの抑え方を解説していますので是非参考にしてください。
資本コストとは? 具体例を用いてわかりやすく説明
資本コストとは|経営のための資金調達時に生じる費用
企業活動を続けるために資金調達は大切ですが、資金調達をするのにも『資本コスト』と呼ばれるコストがかかります。
資本コストとは、企業の資金調達に伴い発生する費用のことです。
具体的には、
- 借入れに対する債権者への利息の支払い
- 株式に対する株主への配当の支払い
等が該当します
資金調達の方法が1種類だけという企業は少なく、多くの企業は複数の方法を併用しています。複数のコストの合計が企業にとっての資本コストです。
一方で、投資家側の視点で考えると、資本コストとは投資した金額に対する利息や配当に当たります。
投資家に還元する利息や配当(資本コスト)を上回る利益が出ていれば、経営が上手くいっている会社と判断できるでしょう。さらなる投資を検討する可能性が高くなります。
資本コストを上回る利益が出せていない会社は、返済能力がない・配当金が望めない会社と判断されてしまいます。
そのため、会社は企業活動を行う際には、資本コストを意識し資本コストを上回る利益を出す経営が必要です。
資本コストの経営における重要性
2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにて、資本コストを意識した経営判断・運営が企業価値向上のために重要であることが明記されました。
コーポレートガバナンス・コードとは、上場企業がガイドラインとして参照する原則・指針です。2015年に策定、2018年と2021年に改訂されています。
改訂を受け、多くの企業が資本コストを意識して経営を行うようになりました。
企業は、経営活動を行うために必要な資金調達コスト(資本コスト)を上回る収益を上げなければ、株主のリターンに対する要求を満たすことができません。
そのため、資本コストを意識して利益を上げ、株主の期待に応えるよう取り組んでいるのです。
資本コストは大きく2種類に分類できる
種類1.株主資本コスト
資本コストのうち、株主からの出資で調達した資本に対するコストを「株主資本コスト」と言います。投資家目線では、配当が株主資本コストです。
株主の期待するリターンを還元できなければ、投資金を引き上げられてしまうリスクがあります。そこで企業は、期待利回りを上回る配当を出すよう努めるのです。
例えば、10,000円の株式を発行して資金調達を行うとします。
仮に投資家が6%の配当を見込んで購入するとすれば、1年後に期待されている株価は10,600円です。
言い換えると、投資家の期待に応えるためには10,000円の株に600円の配当金が必要です。この600円が株主資本コストに当たります。
ただし、実際の株価は企業価値や業績・情勢によって変化するので、例の通りになるとは限りません。また、株主が抱える期待は様々なので、コストを的確に求めるのは難しいと考えられています。
資本資産評価モデル(CAPM)等を用いて算出されることが多いです。
種類2.負債コスト
負債コストとは、銀行等の債権者から借りた資金の金利や社債等の債権を発行する費用のことです。
例えば、10,000円を年利4%で1年間借入れたとすると、1年後には10,400円の返済が必要です。10,000円を得るために400円のコストがかかったと言い換えられ、400円が負債コストになります。
融資の際の金利は金融機関によって異なります。融資を行う銀行側は、ハイリスクであればハイリターンを求めるためリスクの高い事業では金利が高くなる場合が多いです。
また借入期間によっても変わるため、どの金融機関からどのくらいの期間融資を受けるかを慎重に検討する必要があります。
資本コストの求め方|主に「WACC」が用いられる
WACCとは|事業の価値を評価する割引率
資本コストには複数の求め方がありますが、ここでは代表的な「WACC」をご紹介しましょう。
WACCとは「Weighted Average Cost of Capital」の頭文字です。
現在の事業価値を求める割引率として利用するものです。
株主資本コスト(株主に支払うコスト)と負債コスト(借入れにかかるコスト)をそれぞれの時価で加重平均したもので、日本語では加重平均資本コストと訳されることもあります。
投資家が企業を判断する時に使用するNPV(正味現在価値)にも、WACCが使われます。
WACCの計算式・各項目の意味
WACCは以下の計算式で計算されます。
WACC = D / (D + E) × rD(1 – T) + E / (D + E) × rE
WACCの計算式で使用している項目の意味は、以下の通りです。
D | 有利子の負債額 時価での計算が望ましい |
E | 株主資本の時価総額 株価 × 発行株式数で求める |
rD | 負債コスト(金利) 融資利息のこと |
rE | 株主資本コスト(CAPM:資本資産評価モデルを使用) 株主の期待収益率 |
T | 実効税率 税金の負担額 |
負債コストは節税効果があるため、単純な加重平均にはなりません。
そのため、rDについては(1-税率)を掛ける必要があるのです。
株主資本コストは、CAPMを用いて計算されます。
CAPMは、株式に投資している投資家が期待する収益率を関係づけたフレームワークのことです。
リスクフリーレート(F)・株式市場全体におけるCAPM(Rm)・自社の個別株式のβ値(β)を用いて次の式で利率を求めます。
CAPM = F + (Rm – F) × β
実際には、CAPMの値に企業固有のリスクが加算されます。
【例題】モデルケースからWACCを算出
次のモデルケースを使って簡単なWACCの算出シミュレーションを行ってみましょう。
D(有利子負債額) | 1,000,000円 |
E(株主資本) | 4,000,000円 |
rD(負債コスト) | 5% |
rE(株主資本コスト) | 10% |
T(実効税率) | 40% |
これをWACCの計算式に当てはめると、次のようになります。
D / (D + E) × rD(1 – T) + E / (D + E) × rE
=1,000,000 / (1,000,000 + 4,000,000) × 0.05 × (1 – 0.4)
+ 4,000,000 / (1,000,000 + 4,000,000) × 0.1
=1,000,000 / 5,000,000 × 0.05 × 0.6 + 4,000,000 / 5,000,000 × 0.1
=0.2 × 0.05 × 0.6 + 0.8 × 0.1
=0.006 + 0.08
=0.086
モデルケースのWACCは8.6%であることがわかります。
計算式を見てわかるように、金利(負債コスト)が下がるとWACCも下がります。
例えば、負債コストである金利が5%から2%に下がるとWACCも下がり、値は8.24%です。
有利子負債(D)は、利子のある借入金や社債です。買掛金・未払金のような利息のない負債は該当しません。
また、原則として時価で計算される値ですが、簿価を用いて計算する場合もあります。
資本コスト(WACC)の数値の見方|高い・低いの目安とは
資本コストは「コスト」なので、基本的には低い方が良いとされています。
ただし、低ければ良いというわけではありません。業種や規模によって異なりますが、目安は5%~7%です。
業種別で見ると、電力業・運送業のWACCは低く、医薬品・製造業全般のWACCは高いです。
また、一般的に株主資本コストの方が負債コストより大きく、中小企業の資本コストの方が大手企業の資本コストより大きくなります。
WACCは、企業が設備投資を行う際の判断でも重要です。WACCを上回ることができない投資を行うと赤字になるため、投資を行うべきではないと判断されます。
資本コストを少なくするためのポイント
適切な情報開示を行う
経営者にとって、資本コストはできるだけ少なくしておきたいものです。
適切な情報の開示、特にリスク情報を公開することで、資本コストを下げられる場合があります。
金融機関や投資家はリスクに見合ったリターンを期待します。売上が下がっている・赤字が出ているといったリスク情報は、投資家の期待値を下げることに繋がるため、求めるリターンを減らすことが可能です。
また、リスクが公開されていれば、銀行にとって不安定な要素が減り、利息に良い影響を与える可能性もあります。
低金利で融資を受ける
前述したモデルケースによるWACCの計算例で、金利が下がるとWACCも下がることをご紹介しました。
低金利で融資を受けることができれば、資本コストを減らすことが可能です。
同じ銀行から借入れを行うケースでも、固定金利と変動金利で利率が異なります。
借入期間の長短でも、利率は変わるでしょう。
また、金利は融資を受けられる機関によって変わるため、どこから借入れを行うかも重要です。
できるだけ金利を抑えて借入れによる資金調達を行うのであれば、公的機関からの融資が適しています。
日本政策金融公庫の融資は、銀行等の融資に比べて金利が低いです。
厳しい審査や条件はあるものの、成長が見込まれる新しい事業を開始する際は、検討し相談してみると良いでしょう。
次に金利を抑えられる融資は銀行からの借入れです。
融資までに時間がかかることや融資期間中に金利が変動する可能性もありますが、2%程度の金利で資金調達ができます。(2022年9月現在)
消費者金融でも借入れは可能ですが、公的機関や銀行からの融資に比べると、金利が高い傾向があります。
資本コストを意識した経営に関連する3つの指標
①ROA
ROAとは、総資産利益率のことです。企業が持つすべての資産を使ってどのくらいの利益を出しているかを示す指標で計算式は以下の通りです。
ROA = 利益 / 資産 × 100 (%)
ROAの割合が高いほど効率よく利益を出している会社だと評価され、5%あれば良い方です。
しかし、利益が大きい企業であれば多額の負債を抱えていてもROAは大きくなります。
また、「資産」には買掛金も含まれており、買掛金の支払いを留保できるような発言力が強い企業の交渉力を反映しにくいという問題点があります。
ROAについてさらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
>>ROAとはどんな指標か? ROEとの違いや高めるための2つの方法
②ROE
ROEとは、自己資本利益率を意味します。企業が持つ自己資本だけでどのくらい効率良く利益を出せるかを計ります。
ROE = 当期純利益 / 自己資本 ×100(%)
ROEは高いほど効率的に資本を運用していると判断され、10%以上あれば優良企業と言われています。
しかし、ROEの値は自己資本を調整することで操作が可能です。株主資本を単独で認識することが難しいという問題点があります。
ROEについてさらに詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてみてください。
>>ROEでわかることとは? 指標としての問題点や値の改善方法を解説
③ROIC
ROAとROEにある問題点を解決できるのがROICです。
ROICは「Return On Invested Capital」の略称で、ロイックと読みます。
日本語では投下資本利益率と呼ばれ、投下資本でどれだけ効率的に利益を出しているかを求める指標です。資本コストを意識した経営において注目されています。
次の式で求められます。
ROIC = 税引後営業利益 / 投下資本 × 100 (%)
投下資本は次の2つの方法のいずれかで求められる値です。
- 有利子負債 + 株主資本(資金調達サイドに着目)
- 運転資本 + 固定資産(資金運用サイドに着目)
ROICは、ROA・ROEと違い数値の操作を行うことは難しく、資金調達サイドに着目すると債権者や株主から調達したコストに対応した利益を求めることが可能です。
概念を理解するのが難しいという難点はあるものの、事業負債を除いた資本を用いて計算しているため、適切なリターンが求められるのがメリットと言えます。
まとめ
資本コストとは何か、なぜ重要なのかを解説してきました。
2018年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードに明記されて以来、多くの企業が資本コストを重視して経営を行うようになっています。
資本コストは大きく2種類に分類されます。株主資本コストと負債コストです。
それぞれの時価で加重平均したWACCを用いて計算され、5%~7%が目安です。
企業が経営活動を行うために欠かせない資金調達ですが、資本コストを抑えるためにも、適切な情報開示を行い、低金利で融資を受けられるよう資金調達は計画的に行いましょう。