コロナ禍や急激な円安、さらには激変する世界情勢等、企業を取り巻く環境は日々変化し、不透明感を増しています。そのなかで、様々な環境変化に耐え、企業が市場で確固たるポジションを確立するためのキーワードにもなっているのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。デジタル技術を活用して変化に対応するDXをいかに自社で推進し、成長戦略へと結びつけていけるか。その成否が企業の命運を握るカギと言っても過言ではないでしょう。企業の価値や競争力向上を実現するためのDX導入の要諦、そして経営者が持つべきマインドについて、経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏にうかがいました。
DXが脚光を浴びる背景となった3つの要素
近年ITという言葉がずっと使われてきたなかで、なぜ急にDX(デジタルトランスフォーメーション)という声が頻繁に聞かれるようになったのでしょうか。DXが一般化してきた背景として、私は3つの理由があると考えています。
まずひとつ目は、少し時を遡りますが、スマートフォンの登場でしょう。今や日本人のスマホ所有率は9割を超え、いわば高性能の小型パソコンを各自が持ち歩いているような世の中になりました。個人のスマホがインフラとして活用できる環境になったことが、DXが脚光を浴びるようになってきたきっかけのひとつです。
2つ目として、ITに関する様々な優れたツールがこれまでよりも圧倒的な安価で手に入るようになったことが挙げられます。ドローンにしても高性能のカメラや3Dプリンタ―にしてもそうでしょう。安価で優れたツールが同時多発的に現れたことで価格的なハードルが一気になくなり、誰もがたやすく購入して実用化できるようになりました。
そして3つ目が、昨今のコロナ禍です。これまでITソリューションが便利であることは、多くの中小企業の経営者も分かってはいたものの、いざ導入するとなると面倒で、後回しにしがちでした。
ところが2020年春からのコロナ禍で企業を取り巻く環境は激変し、ITを半ば強制的に導入する必要が出てきました。Zoom等のオンライン会議やテレワークに伴うリモート環境を整備しなければ、仕事が前に進まなくなったからです。そして実際に使ってみたら、意外と簡単で便利ということに気づいた。結果として企業におけるデジタル環境の整備は、この2年間でそれなりに進むことになったと言えます。
このように、従業員や取引先の誰もがスマホを持ち、多くのITツールが安価で導入できる状況になった今、企業はデジタル化へと舵を切ることが喫緊のテーマです。日本の景気はまだまだ悪いままですが、だからこそ経済的な苦境を補っていくには、デジタル化を進めて業務の効率化を図っていくしかありません。
つまり皮肉にも、コロナ禍をはじめとした苛酷な外的要因がある今だからこそ、IT化やDXが進むには良い環境になったとも言えるわけです。
2020年代は日本経済にとっての試練の時代
長期化するデフレや円安、あと数年は続くと見られるコロナ禍等、今の日本経済は低成長が続く厳しい時代のまっただ中にあります。これからの2020年代を見通しても、日本にとっては試練のときが続くと私は予測しています。
多くの中小企業が足元で苦しんでいる、原油高等の燃料費の高騰や原材料高といったマイナス要因によって、いま途方もない物価高が起きつつあります。つまり不況なのに物価が上がる、スタグフレーションが到来する懸念さえ現実のものとなる気がしています。
さらに日本の場合、国の借金の大きさから今後もゼロ金利をキープしなければならないとすれば、海外との金利差が日本の価値をさらに下げることになり、円安はさらに進むでしょう。日本経済が世界からさらに遅れをとってしまうことが心配されるわけです。
アフターコロナまでに「攻めの態勢」を構築する
ネガティブな話を羅列することになりましたが、一方で悪いことばかりではありません。コロナ禍が収束するにつれ、経済に光明が見えてくる部分もあります。
たとえばアフターコロナを見据えた今後の施策によって、日本にも一定のインバウンドが戻ってきます。同時に、わが国の良さは広く海外に伝わり、日本への投資に興味をもつ人が増えています。この流れが再び進むことで円が買われ、円高へのシフトとともに経済の立ち直りが期待できます。
ただ、日本の良さを伝えてきた現場――たとえば飲食店もそうですし、地場の名産品や独自の魅力をもつ商品を作ってきた製造業もそうでしょう。他のサービス業も含め、日本中の中小企業がコロナ禍で疲弊した現状があり、だからこそ、これから攻めの姿勢へと転じていく必要があるわけです。
コロナ禍による経験で得られた新たなリソースを活かし、「攻め」の態勢づくりを今後のアフターコロナの時機に間に合わせることが必要です。その態勢づくりこそ、企業のIT化の推進であり、DXの積極的な導入であると私は考えています。
従業員の働く環境の整備がDXへとつながる
DXの導入によって、企業が攻めの態勢を整えていく。その意味するところはいたってシンプルです。つまりは、ムダを減らすこと。それは、従業員の働き方の改善であり、ペーパーレスであり、あらゆる業務の効率化です。
IT化の推進によって業務や組織のムダを削り、良い意味で企業をスリム化して「戦える態勢」をつくることが、2020年代のアフターコロナにおける経済競争を生き抜くための大事な要件となるに違いありません。
では、企業において重要な、働き方のムダについてはどう減らすのか。たとえば私は、よくAmazonにおける働き方改革の話をします。
Amazonは今から約10年前、大きな飛躍を遂げつつあるグローバル企業として世界から注目されていましたが、一方で労働環境の未整備さを指摘されていました。というのも、物流倉庫で発送業務に従事する従業員は、毎日のように倉庫の中で16キロにもおよぶ距離を歩き回り、荷物を自ら棚から卸して箱詰めし、発送するという業務を行っていたのです。
やがてAmazonは作業のムダに気付き、倉庫の棚まで荷物を取りに行くのではなく、「向こうから荷物が歩いてきてくれたら効率上がって生産性も高まるだろう」と考えて、棚をロボット化しました。
また、顧客に荷物を届ける際の「不在再配達」が生産性のボトルネックである点に気付き、「置き配」を導入する等、働く人にとってムダと思える仕事を徹底的に減らしていったのです。これらの施策の結果、企業の生産性は大きく向上し、やがては時価総額で世界トップを争う企業へと成長することになりました。
2020年代の日本企業は、こうした改善に積極的に取り組んでいくことが極めて重要です。つまり、従業員の働き方のムダをなくすという発想が、自社のDX導入へとつながっていく相関性にもっと着目すべき。そして、ムダを減らし、社員の働き方や商品の質を高めることに徹底的にフォーカスしてほしいのです。それをできるか否かが、これからの時代で企業が成長していくための重要なカギになると思います。
■ 鈴木貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家・経営戦略コンサルタント・百年コンサルティング株式会社代表取締役
1986年に東京大学工学部物理工学科を卒業。世界最高の経営コンサルティングファームであるボストン・コンサルティング・グループに入社し、数々の大企業の戦略立案プロジェクトに従事。1999年のネットバブルの際にネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の創業に取締役として参加。 2003年に独立し百年コンサルティングを創業。2013年、大手企業の経営コンサルティング経験をもとに日本経済新聞出版社から出版した『戦略思考トレーニングシリーズ』が累計20万部を超えるベストセラーに。2015年からは経済評論家の仕事に力点を移して活躍中。専門は未来予測と大企業の競争戦略。