これまで多くのビジネスマンは、会社に行くことが当たり前でした。そうした概念を一変させ、働くことの大変革をもたらしたのが昨今のコロナ禍です。「テレワーク」「リモートワーク」という働き方が当たり前になり、企業にとっての「オフィス」の意味があらためて問われる新たなフェーズへと移行したように感じます。コロナ禍を経て激変する、「働き方」の潮流はいまどのような途上にあるのか。創業以来230年を迎える、事務用品とオフィス家具の総合メーカー・ライオン事務器の清野宏副社長に、これからの新しい「働き方」を生み出すためのオフィス環境のつくりかたについて聞きました。
オフィスワークとリモートワークを併用する「ハイブリッドワーク」が主流の時代へ
コロナ感染者の急増で幾度もの緊急事態宣言が発出され、ほとんどのワーカーは、「テレワーク」を経験したと思います。
テレワークによって通勤が不要になり、自由な働き方ができるというメリットがもたらされた一方で、様々なデメリットもありました。社内のコミュニケーション不足や労働生産性の低下といった弊害が生まれてきたのも事実で、コロナ禍による労働環境の変化を経て、オフィスでの働き方については経営者の方々も模索の中にあるのではないでしょうか。
先日、米国の有力自動車メーカーのCEOが、もう在宅勤務はやめて「オフィスに来い」と社員に号令を出したというニュースがありました。このように、在宅勤務で生じるデメリットを感じて、テレワークを廃止するという思い切った会社も現れてきています。
目指すべき働き方は企業によってまちまちで、正解はないのだろうと思いますが、ひとつだけ共通して言えることは、これからの働き方は、オフィスワークとリモートワークを併用して行う「ハイブリッドワーク」が主流になっていくということです。
そして、ハイブリッドワークを進めていくにあたって、大事なことがあります。会社の基盤となる「センターオフィス」をどうつくり込んでいくかが、これからのオフィスのあり方と働き方を考える上で非常に重要になってくると思うのです。
社員を大切にする文化を、いかに社内に作り上げるか
では、センターオフィスのあり方として大切なものは何でしょうか。まず基本にあるのは、「社員を大切にする文化を、いかに社内に作り上げるか」ということでしょう。
従来のオフィスで当たり前だった「社員が行かなければいけない場所」という概念に代わり、テレワークという働き方が浸透した今では、社員が「オフィスに行きたい」と思える場所をつくり上げていくことが必要になっています。
そのためには、まずは社員の気持ちに立って、彼らが自由な発想で新しい付加価値を生み出せるオフィスづくりをしていくことが欠かせません。前述した「はにさっく」が生まれた夢工房プロジェクトも、社員みんなでコーヒーやお菓子を楽しみながら話し合う雰囲気からアイデアが出てきたものです。
つまり社員が自然に集まり、何気ない会話を交わしていく中で面白いアイデアが出てくるようなオフィスづくり。会社独自の風土や雰囲気を活かした、社員が主体となれるワークスペースをつくることが大事になってくると思います。
社員と経営者が一体感をもってオフィスなどの働く環境をつくっていく
今回のコロナ禍において、オフィスのあり方が大きく変わったことは、当社および業界にとってかなりのインパクトになりました。けれども世の中が変化するのは、ビジネスチャンスをもたらす変革のフェーズでもあります。新たなオフィスづくりを提案していく好機でもあるわけです。
その意味で、オフィス環境を変えていくソフトの面で大切な要素として挙げられるのは、「Well-being(ウェルビーイング)」という言葉だと考えています。
働くことについて、身体的な健康だけではなく、精神的、社会的な健康としても満たされていること。Well-beingを高め、社員と経営者が一体感をもって働く環境をつくっていく。そうしたオフィスづくりを目指していくことが大事だと言えます。
Well-beingを高める要素をオフィスづくりに入れ込むべき
言うまでもなく、仕事というのはWell-beingを高める存在として非常に重要なものです。それなのに現実は、仕事をしていても決して幸せではない、Well-beingの値が低いという状況が生じています。
だからこそ、働き手の満足度を上げ、Well-beingを高める要素をオフィスづくりの中に入れ込んでいくことが欠かせないのです。
Well-beingに関する有名な調査によると、Well-beingと企業の業績、顧客満足度、生産性の向上には非常に高い相関関係があることが分かっています。
そしてWell-beingがうまくいっている会社は、優秀な人材を獲得したり、社員の定着度が高いという結果につながっているのです。そうした確かなエビデンスのもと、Well-beingを高めていくためにオフィスを改善していくことが今注目されていて、オフィス家具業界としても力強く推奨しています。
オフィスづくりを「コスト」と捉えてはダメ
こうした状況にあるにも関わらず、わが国では、Well-beingを向上させていくためのオフィスへの投資があまり成されていないのが実情です。というのも、これまでのオフィス環境の整備というと、捉え方があくまでも「コスト」だったのです。
例えばオフィスの仕様を考える際に、担当するのは必ずといっていいほど総務部門です。机やイスの数の調整など、オフィスづくりをコストでしか見ないことがほとんどで、予算と合わないから備品を削るなど、費用だけを重視して判断することがもっぱらだったわけです。
でもこれからのオフィスづくりは、Well-beingの視点に立ってつくっていくことが欠かせません。つまり、オフィスを通じて社員がどういう働き方をしてほしいのか、その想いを詰めた投資であることが求められます。
オフィスづくりは総務だけの仕事でなく、経営者はもちろん、たとえば人事や企画部門の社員が参画するなど、いろいろな部署の人たちが関わって、自社のオフィスづくりのあり方を考えていくことが大切なのです。
オフィス環境の変革が社員のWell-beingを高めるカギになる
わが国がコロナ禍を経たあと、他の先進国に比べて経済の回復スピードが遅れている要因のひとつとして、「働き方の遅れ」が起因している面があると言われています。
ですから、これから経営者の方々がオフィス環境を考えていく際には、皆さんご自身が「どういう会社にしたいのか」「どんなオフィスにしたいのか」「社員にどんな働き方を実現してほしいのか」を念頭に置きながら、オフィスづくりを行っていただきたいと思います。
社員のテレワークが増えた中で、いま往々にして多いのは、会社のデスクが半分以上空席の状態になり、「それならこんなに広いオフィスはいらないのでは?」と短絡的に考えてしまいがちなことです。それでオフィスを縮小だけしてしまっては、社員に新たなモチベーションは何も生まれません。
実は社員の働く意欲やエンゲージメントを高める絶好の機会になるかもしれないのに、みすみすそのチャンスを手放してしまっていると言ってもいいのです。
オフィスの中で空いたスペースをどうやって活かしていくか。「社員が来たいと思えるオフィス」「社員が自然に集まるオフィス」にするにはどんなオフィスをつくっていけばいいのか。それによって会社に何を生み出すのか――。
オフィス環境を変えることで、ぜひ社員のWell-beingを高める変革を進めてほしい。経営者自らが、そのことを真剣に考えてみてほしいと思います。
■ 清野 宏(せいの・ひろし)
1983年に株式会社富士銀行(現 株式会社みずほ銀行)に入行、2010年に株式会社ライオン事務器取締役に就任。2011年に経営戦略本部長、同年に常務取締役に就任した。その後、経営管理本部長 商品副本部長を経て、2012年に代表取締役常務就任 商品本部長、翌2013年に代表取締役専務就任、そして2016年7月に代表取締役副社長に就任して現在に至る。2021年よりマーケティング本部長も兼任している。
業界団体においても、日本オフィス家具協会理事、ニューオフィス推進協会理事、全日本文具協会理事等、多数の要職を歴任している。