「ステークホルダー資本主義」が世界的に注目を集めています。注目される理由のひとつとして、国連のSDGs(持続可能な開発目標)等、社会課題の解決に向けた活動が重視されるようになってきたことが挙げられるでしょう。
この記事では、今後ますます重視されていくであろうステークホルダー資本主義とは何なのか、そのメリットや問題点等を解説していきます。
ステークホルダー資本主義とは?広まったきっかけも解説
ステークホルダー資本主義とは
ステークホルダー資本主義とは「株主や経営者、従業員、消費者、行政機関、地域、環境等、企業の活動に関わるすべてのステークホルダーに対し、企業活動を通して利益をもたらすことをめざす長期的な企業経営のあり方」をいいます。
企業というのは、すべてのステークホルダーとの関係の上に成り立っており、企業活動で利益を得るためにはあらゆるステークホルダーと良好な関係を構築することが大切です。
つまり、ステークホルダー資本主義は、株主や経営者の利益だけでなく、環境問題への取り組みや地域社会への投資、労働者の格差の是正等が求められています。
広まったきっかけはラウンドテーブルとダボス会議
ステークホルダー資本主義という言葉が広まったきっかけは、2019年8月にAppleやAmazon等、アメリカの主要企業が名を連ねる財界ロビィのひとつである「ビジネス・ラウンドテーブル」が「企業の目的に関する声明」という公開書簡を発表したことです。
この声明でBRTは「株主至上主義」から離れ、株主もステークホルダーのひとつとみなす「ステークホルダー主義」に移行することを明らかにしています。
その上で2020年1月のダボス会議は「ステークホルダーがつくる持続可能で結束した世界」というテーマが掲げられ、ステークホルダー資本主義を提唱する新たな「ダボス・マニフェスト2020」が作成されました。
また、この会議では以下の6つの重要事項が話し合われています。
- エコロジー:気候変動のリスクに対処し、生物多様性を守る対策を林床や海底まで行き渡るように実施するため、いかにして企業を動かすか。
- 経済:長期債務の負担を取り除き、インクルージョンの水準をより上げられるようなペースで経済を機能させていくにはどうしたらよいのか。
- テクノロジー:第四次産業革命のテクノロジー展開について全世界的なコンセンサスを形成し、かつ「テクノロジー戦争」を回避するにはどうしたらよいのか。
- 社会:これからの10年間で10億人の人々にスキルを再習得させ、向上させるにはどうしたらよいのか。
- 地政学:世界各地の紛争解決のために、「ダボス精神」で橋をかけていくにはどうしたらよいのか。非公式会合で和解を促進していく。
- 産業:第四次産業革命で事業を推進していくためのモデル構築において企業を支援するにはどうしたらよいのか。政治的緊張に晒され、飛躍的なテクノロジーの変化やすべてのステークホルダーからの増大する期待に動かされる世界で、どのように企業のかじ取りを行っていくのか。
「ステークホルダー資本主義」と「株主資本主義」の違いとは
「ステークホルダー資本主義」と「株主資本主義」の内容は以下になります。
資本主義 | 内容 |
---|---|
ステークホルダー資本主義 | 企業の活動に関わるすべてのステークホルダーに対し、利益をもたらすことをめざす長期的な企業経営 |
株主資本主義 | 会社は株主のものであり、株主の利益を最大化するための短期的な企業経営 |
従来の株主資本主義は株主の利益を最大化するために、従業員や地域、環境に負担をかけるという問題があります。一方、ステークホルダー資本主義は株主や従業員、取引先、地域、環境といったすべてのステークホルダーの利益に配慮すべきという点が大きな違いです。
日本では2015年よりGPIF(年金積立運用行政法人)がESG(環境・社会・企業統治)の観点を投資に取り入れたことがきっかけで注目が集まりました。また国連で採択されたSDGsの高まりから、企業戦略としてSDGs経営に取り組む企業も増えてきています。
ステークホルダー資本主義はなぜ必要なのか
ステークホルダー資本主義が登場した背景には、株主資本主義の問題点が次々と浮き彫りになったことがあります。2017年には、S&P 500企業が、気象を原因とする収益への悪影響を公表しました。また職場での差別やセクシャルハラスメント等の不祥事への対応リスクも明らかになりました。
従来の株主資本主義では、「株主の利益の最大化」が最重要事項であり、株主の利益を最大化するために従業員や環境、地域社会に負担をかけていました。
近年、「環境」「社会」「企業統治」に考慮するESG投資が普及してきており、投資家から企業への要請もあります。そこに2019年頃からの新型コロナウイルスの打撃も重なり、新しい資本主義の仕組みが必要とされているのです。
ステークホルダー資本主義と岸田政権の新しい資本主義との関係
岸田政権のキーワードとなった「新しい資本主義」
「新しい資本主義」は岸田政権が掲げる経済政策です。社会や経済、環境等、様々な問題を是正する仕組みを「成長戦略」と「分配戦略」の両面から資本主義の中に埋め込み、「資本主義がもたらす便益を最大化」していくことを目指しています。
戦略 | 概要 | 具体的な政策 |
---|---|---|
成長戦略 | 官と民が共に役割を果たし、協働して、成長のための大胆な投資を行う | ▪︎科学技術・イノベーション ▪︎「デジタル田園都市国家構想」等による地方活性化 ▪︎カーボンニュートラルの実現 ▪︎経済安全保障 |
分配戦略 | 官と民が共に役割を果たすことで、成長の果実をしっかりと分配し、消費を喚起することで、次の成長につなげる | ▪︎所得の向上につながる「賃上げ」 ▪︎「人への投資」の抜本強化 ▪︎未来を担う次世代の「中間層の維持」 |
特に政権が「新しい」と強調しているのは「分配戦略を重視する」点です。しかし安倍政権や菅政権でも取り組まれてきた政策でなので、決して目新しいものではありません。
新しい資本主義=ステークホルダー資本主義?
岸田政権の「新しい資本主義」は「ヒト」や「環境」を重要視し利益をもたらす点から見ると、ステークホルダー資本主義に近いと言えるかもしれません。
というよりも、そもそも資本主義自体が「働いたらその分だけ報酬が得られ、個人や企業が財産を所有することができる体制」であることが大前提です。つまり「企業が利益を最大化すること」と「企業が従業員や環境等のステークホルダーに配慮すること」は必ずしも矛盾する行動ではありません。
一方、ステークホルダー資本主義は「かなり長期的な視野」での利益最大化を目指す仕組みであるのに対して、新しい資本主義は「短期的な視野」で問題解決していくことが望まれています。なぜなら近年日本では経済の低成長や増大する不確実性によって長期的な視野が持ちにくくなっており、「ある程度短期的な成果」をもたらすことが求められているからです。
このことから「新しい資本主義≠ステークホルダー主義」であることがわかります。
日本に昔からある「三方よし」の考えと似ている?
「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」は、かつて日本各地で活躍した近江商人のモットーです。企業の活動に関わるすべてのステークホルダーに対し、利益をもたらすことをめざす「ステークホルダー資本主義」と非常によく似ています。
さらに日本資本主義の父である渋沢栄一も「富を成す根源は何かと言えば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」としており、日本企業には「ステークホルダー資本主義」の基本的な考え方が根付いているようです。
しかし、現代の日本を見る限りこれらの精神による経営が、企業の競争力や豊かな生活、地球環境の改善等を実現してきたとは言えません。日本が「ステークホルダー資本主義」の世界をけん引するリーダーになるのは難しいでしょう。
ステークホルダー資本主義がもたらす効果・メリット
企業に責任が生まれて社会課題の解決が進む
ステークホルダー資本主義が広まると、企業には「企業活動を通じて、社会に貢献する責任」が生まれます。
企業は社会貢献の責任が課されることで、自社の利益最大化と社会課題の解決の両方の実現に積極的に取り組むようになるでしょう。
また事業を通じて社会課題解決へ貢献する企業が増えると、小規模な社会の問題だけでなく広範囲な社会課題の解決を進めることが可能になります。企業同士やNGOと連携することによって「貧困問題」「少子高齢化」「都市と地方の格差」「人材不足」「後継者不足」「長時間労働」「待機児童」「介護問題」等の解決を進めることができるでしょう。
従業員にとって働きやすい環境が整う
従来の株主資本主義は株主の利益を最大化するため、従業員に負担をかけたり、雇用主と従業員に所得格差が生まれたりする問題があります。
ステークホルダー資本主義は「すべてのステークホルダーに利益をもたらすことをめざす長期的な企業経営」なので、当然従業員の利益も重視されます。
公正な評価・処遇や働き方改革の推進、多様性の尊重等、取り組みが推進されることで、賃金格差だけでなく雇用格差や労働問題も減少に向かうことが考えられます。
ステークホルダー資本主義には問題点・デメリットもある
実際に社会貢献へ結びついていないと批判されることがある
企業が様々な社会貢献に取り組んでいる一方、人口問題や貧困格差、気候変動問題等、解決に至っていない問題も多く存在します。
そのため「ステークホルダー資本主義は株主資本主義の最たる受益者となっている世界のエリート達が、自分達に向けられた批判を回避するための外向きのパフォーマンスにすぎない」といった批判があるのも事実です。
しかし近年では機関投資家が企業の「ステークホルダーに対する説明能力」「外部環境の変化への対応」「社会課題を中長期で市場化可能か」を評価対象としたことで、企業の事業を通じた取り組みも加速してきています。
企業間での格差・評価の差が生まれやすい
企業の「ステークホルダーに対する説明能力」が機関投資家の評価対象になったことで、広報活動や情報開示に積極的に取り組む企業と広報分野に弱い企業に格差ができやすくなります。
ESG投資の普及により、投資機関は企業が設定・開示した持続的成長とともにその達成度からも、企業の取り組みを評価しています。
ステークホルダーとの関係性構築には社会貢献に関する広報活動を盛んにすることが重要とされ、どこまで成長と結果を出せるかがポイントになってくるでしょう。
ステークホルダー資本主義実現のための政策例
二酸化炭素量削減等、環境問題に対する取り組み
「パリ協定」の実現に必要な抜本的な二酸化炭素排出削減を進めるための施策として、「カーボンプライシング」が注目を集めています。カーボンプライシングは、「炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法」です。カーボンプライシングを行えば二酸化炭素排出量を削減し、気候変動の問題を緩和することができます。
スウェーデンでは炭素税を導入しており、税率は世界でもっとも高い水準です(2017時点で二酸化炭素1トンあたり約16,000円)。スウェーデンでは炭素税を導入と同時に法人税を引き下げ、その後炭素税によってもたらされた税収入増加分で低所得者の所得税軽減を実現しました。
その結果1990年と比較して2015年時点でのGDPは69%増加し、二酸化炭素排出量は25%減少し、経済成長とCO2削減の両輪で成功していると言えます。
データ保護等、プライバシー強化に対する取り組み
ステークホルダー資本主義の下、急速なデジタル化が進められる一方、データやプライバシーの強化に対する取り組みが不可欠になっています。
GDPR(General Data Protection Regulation)とは、EUで定められた新しい個人情報保護の取り組みで、個人データの処理と移転に関するルールです。日本の個人情報保護法とは大きな違いがあります。
個人情報保護法(日本) | GDPR(EU) | |
個人情報の対象 | 個人を特定できる氏名や住所等の情報 | 日本の個人情報ほか、IPアドレスやCookie、IDFA等含む |
パーミッション | プライバシーポリシーの明示 | 明確な同意提供情報も厳格 |
管理管理 | 適切な管理 | 厳格な管理体制 |
罰金 | 30万円以下の罰金 | 数十億円規模の高額罰金 |
顧客や消費者側が自らのデータを管理することで、プライバシー強化と企業との情報の相互運用を実現しています。
株式付与や給与標準化等、従業員に対する取り組み
賃上げ促進税制は、従業員の給与引き上げを支援する制度です。従業員の給与支給額を前年度より一定以上アップさせた企業や個人事業主に対し、一定の税額控除を行います。2022年の税制改正で大企業は最大30%、中小企業は最大40%の税控除が受けられることになりました。
賃上げ促進税制によって企業は節税だけでなく、中長期的な知識や技術力のある人材を確保することができます。一方従業員は給与の標準化と安定した増加を期待することができます。
ステークホルダー資本主義を取り入れる企業が増えている
ラウンドテーブルの声明には約180人もの署名が
2019年にビジネス・ラウンドテーブルが発表した「企業の目的に関する声明」にはそれぞれのステークホルダーに対する宣言が記載され、AmazonやApple、Booking Holdings、General Motors、HP、IBM、Intel等の経営者ら約180人が署名しました。
署名したメンバーはアメリカの大企業が揃っています。グローバル経済においても影響が大きいため、今後ステークホルダー資本主義の考え方が世界中に広がっていくことは容易に予想できるでしょう。
実際にステークホルダー資本主義に取り組む企業の例
フランス「ダノン」
ダノンは、2020年6月に、2019年にフランスの法律によって生まれた「Entreprise à Mission(使命を果たす会社)」に選定されました。
ダノンは「人々の健康を保つことと地球環境の保護とは依存関係にあるという信念を反映した目的と、社会、社会制度および環境に関する目標」を定款に正式に含めました。すべてのステークホルダーにとって法的に義務を持たせたことが評価されています。
アメリカ「ブラックロック」
アメリカの大手運用会社ブラックロックは、「ステークホルダー資本主義」の推進に向けて、専門の研究組織「ステークホルダー資本主義センター」を設立しました。
CEOのラリー・フィンク氏は2022年に「グローバルで相互に繋がる現代社会において、株主に長期的な価値をもたらすには、企業はすべてのステークホルダーのために価値を創造し、またすべてのステークホルダーからその価値を認められなければならない」と述べています。
日本「サントリー」
サントリーは事業で得た利益は「事業への再投資」にとどまらず、「 お得意先・お取引先へのサービス」や「社会への貢献」にも役立てていく「利益三分主義」を実践してきました。
同社は「化石由来原料の新規使用ゼロ」や次世代環境教育の「水育(みずいく)」等ステークホルダー資本主義に積極的に取り組んでいます。
日本「トヨタ自動車」
2015年トヨタ自動車は持続可能な社会の実現に貢献するための新たなチャレンジとして、「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。
気候変動、水不足等、地球環境の問題に対し、クルマの持つマイナス要因を限りなくゼロに近づけるとともに、社会にプラスをもたらすことを目指して、「新車CO₂0」「人と自然が共生する未来づくり」等、6つのチャレンジを進めています。
まとめ
現在の株主資本主義は、「会社は株主のものであり、株主の利益を最大化するための短期的な企業経営のあり方」のため、従業員や消費者等には負担になることもあります。
このまま脱却できないまま進めば、「雇用格差」や「環境問題」等、経済、社会、環境における様々な問題への対応が行き詰まってしまうことが明らかです。
ステークホルダー資本主義は一定の批判がある一方で、実際に取り組んで成果を上げている企業もあります。個々の企業がステークホルダー資本主義を意識して企業活動に取り組むと同時に、政府が政策によって機能する仕組みを支援していく必要があるでしょう。